Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

  “朝凪涼風”
 



 いよいよ待望の春が来たぞと、桜に浮かれた時期が過ぎゆきて。無情の雨やら卯の花くたし、寒の戻りの別れ霜やらが、来たり去ったりしていたものが。気がつけば周囲には新しい緑のあふれ返りて、時節は梅雨に入る直前の、初夏の頃合い。

 「もうすっかりと、枯れてたところはなくなりましたね。」

 相変わらずに人の手を入れぬままなため、荒れに荒れまくっていた蛭魔邸の庭先も。冬場ほったらかされていた枯れ草たちが、まるで年老いた老爺の半白頭を思わせるような様相を呈していたものが、それを織り成していた茶色や藁色は、さすがに跡形もなくなっており。下生えも茂みも柔らかい緑が次々萌え出して、その彩りの瑞々しさが、それはそれは目に優しい。

 “誰ぞが頑張っておったようだしの。”

 以前も 薮蚊の出る夏場に限っては、抜いたり刈ったりしなくもなかったけれど。そんなものでは追いつかぬほど、年季の入った荒れようだったもの。家族に加わった小さなお子様が遊びやすいようにと、瀬那や雑仕らが ちみちみと、庭先の草むらを今年からはまめに刈るようにしてみたお陰様。玉砂利が敷かれていたらしき名残りの濡れ縁前と、奥向きの草むらとの端境は、ただただ禿げちょろげての、堅くなりかけた土が見えていただけだったものが。刈った草をしばらく置いておいたりしたからだろか、ほどよく湿ったその上へ、こぼれた根が付いたのだろう、少しずつの ぽあぽあとながらも芝草の生える範囲が増えており、
「何処ぞの増毛育毛本舗の でもんすとれいしょんに使えそうな様相だよな。」
「???」
 こらこら。時代考証を無視しないの、お館様。
(苦笑)

 「それにしても、今年はまた結構な勢いの暑さですよねぇ。」

 ほんの数日前までは、冷たい雨も降っての寒い日も続き、ついつい単
ひとえの重ね着なんて無粋な真似、やってもいたほどだったのに。それって一体いつのお話?と、確かめるために誰ぞへ訊きたくなるくらい、この数日ほどは見事な晴天が続いていたりする。陽だまりの土は乾いた白に照らし出されて、あまりずっといると汗ばんでの暑いくらい。冗談抜きに、晴れの日は、正午を過ぎると夏場並みの陽気にもなりかねずで、

 「くうちゃん、あの毛並みは暑くないんでしょうか?」
 「さてな。」

 生え加減がいい厚さに揃い始めた芝草の上、一人でちょこなんと座っての、何やら楽しそうに遊んでいる小さな和子がいて。遊び相手の書生くんが朝のお勉強中なため、待ってる間の独り遊び。人の子供に見えるけど、実は狐の仔が化けているその姿。水蜜桃のようにやわやわで瑞々しい頬や、するんとしたおとがい、ふかふかな肉付きの小さな手や腕も、見た目はつるんとした人の肌だが、実は実は、おキツネさんの毛並みがまんま残っているはずなのだのに。それなりの感覚をしているものか、
「まま、俺らが毛皮を着るのとは理屈も違うのだろうよ。」
「そでしょうね。」
 それに、もう夏毛になってもいるのでしょうし、と。訊いたセナもまた納得し、お元気に小さな手を脚をパタパタ振り回す幼子を眺めやる。まだ午前中なので、かんかんとまでは陽も照ってはおらず。中に鈴が入った竹細工の輪っぱ玉を芝の上へ転がしては、ぱふりと下生えの上、前足を揃えての上体をしなわせ、伏せるような態勢になって。中が透いて見える輪っぱ玉の間近へとお顔を寄せ、その軌跡を視線で追いつつ、お尻の先ではお尻尾をふりふりと揺らしておったりし。そのお尻尾が叩いてしまった葉の先から、小さなシジミ蝶が飛び立てば、
「♪♪♪っ。」
 ふよふよとまろぶように宙を泳ぐ様を、視野に見つけての身を起こし、口許をわくわくと綻ばせ、大きな瞳をなお見張ってじぃっと見やり。そんな草むらに別の影、ウズラでも紛れ込んだか、がさりと騒げば。
「…っ☆」
 座り込んでたお尻を上げての、大仰にぴょいと後ろへ飛びのいて、下生えの上、前足を揃えての上体を伏せるような態勢になっているところまでは、さっきの楽しげな様子と微妙に似ているが。今度は“警戒中です”と言わんばかり、大きな瞳を一丁前にもちょいと眇めての威嚇のお顔。

 「…どんなカッコして、どんなお顔しても可愛いですよねぇvv」

 見た目は3つか4つくらいのまだまだ小さな男の子。よって、頭身も低くてのちんまりと、腕も脚も短めで、お手々もあんよもちょこりと小さめ。お顔の間近に指先揃えたお手々の小さなお指に、これまた小さな爪が1つ1つあるのが、そこまで手を尽くすとはと感嘆を禁じ得ない、匠の神業のようにも思えるほどであり。
「…何に気づいてのあのカッコなんでしょうか。」
「さて。」
 藍色の袴をはいた小さなお尻を残しての、小袖の上、柳緑の単
ひとえをまとった薄い両肩は地に伏せるほどに下げており。言ってみりゃ、変則的な“伏せ”の姿勢というところか。何をか待ち構えておりますという、待ち伏せの構えに見えもする。広間の濡れ縁からはちょこっと距離があるので、文机を挟んで向かい合う師弟からは、そこまで見定められなかったのだけれども、

 「…あ。」

 ややすると。塀に沿って植えられた、イヌツゲの茂みの株でもはみ出していたものか、芒種の草と変わらぬほどの小枝の先から、ぴょいと跳ねるように飛び立った、まだまだ幼い、ツグミだかヒタキだかのヒナが1羽。ぽてんと くうちゃんの前へ落ちての、転がり出て来たものだから…。
「………どうしますかしら。」
「どうって、そりゃお前。」
 あれでも一応はキツネの仔だぜ? それは判っておりますよ。草は食べない、虫か魚か肉しか食わない種族だし。それも存じておりますってば。

 ――― ということは。

 まだまだ子供の細い質の甘茶色の柔らかい髪を、きゅいと結んだ真ん丸な頭が、眼前へと飛び出して来た何かに、一瞬ぎょっとでもしたか、わずかながら、小さな肩ごと、びくびくくっと後ずさったが。
「…。」
 黒みの多いところが潤んで、何とも愛らしい大きめの瞳が、時折 羽ばたきの真似ごとをする小さなヒナをじぃっと見やる。和菓子の羽二重もちみたく、やわやわでちょんと小さな小鼻が、気のせいだろか、くふんくふんと動いたような。相手をよくよく見たくてのことだろう、頭がやはり肩と一緒に再び前へと降りてゆき。ぴよぴよ、しきりと囀る毛玉へ、小さなお鼻がくっつくほども近づいて。やっぱりやわやわだけれども、ぱかり開けば尖った歯がぎっちりと並んだ、小さな口許が少し開いたかに見えた、次の瞬間…。

 「きゃ〜の〜〜〜♪」

 ぴちゅく・ぴちゅぴちゅと囀る物体が、ちょこちょこと小刻みに動くのが楽しいらしく。鈴でも転がすような声を上げると、爪のある手も伸ばさぬままに、うろうろ・ちょこちょこ、視野の中を右往左往する様、それは楽しそうにお顔を寄せて眺めてる。
「お尻尾が揺れてますものね。」
「ああ。」
 わんこのように忙しなくの“ぱたぱたたっvv”という振りようではないけれど、ふらり・ぱたり、ゆらり・したり。楽しいの擽ったいのという微妙な心理をそのままに、ふっくら膨れたお尻尾が揺ら揺らしている様子は、何ともかんとも楽しげで。

 「まだ狩りに目覚めてはないってことでしょか。」
 「さてな。」

 観な、ヒナの方でも本気で怖がってねぇみたいだ。そうですね、はしゃいでるようにも見えますし…あ、今ヒナが自分から寄ってって指先つつきましたよ? おお。

 “いいのかねぇ、あんな懐かれてても。”
(苦笑)

 つか、天狐も狩りとかすんのかねぇ。訊いてないんですか? 玉藻様とか朽葉さんとかから。何でわざわざ、この俺が訊かにゃならん。

 「………。」

 それこそ、何でそのくらいのことへも威張るんだこのお人はと、思ったセナくんも、そこは慣れがあっての言いはせず。
「関心があるって事は、本能的なものはあるってことでしょうか。」
「だろうな。」
 よたよた駆け回るヒナを、興味津々、面白そうに眺めている仔ギツネくんの愛らしさを、こちらさんも手を止めての鑑賞中。彼をこの屋敷へ連れて来た格好の、蜥蜴一門の総帥様ならばまだ、仲間の小さいのが育ってゆく様、間近で見ても来たろうから、子供への対処や何やにも多少は明るいだろうけれど。こちらのお二人さんは、全くの全然、小さい子供と暮らすという経験はない身だったりし。それもあっての、しかも相手があんなにも愛らしい子供だったりするものだから、こんな風に…見とれるあまりに手が止まるのもまた常のこと。

 『お前らだってあのくらいの時期があったろうによ』

 言わせてもらや、セナのみならず蛭魔に至っても、その幼少期の姿を覚えているがゆえ…ということもあって、
『何でまた、そんなに遠くないころのこと、すかーっと忘れちまってんだ。』
 葉柱にはその方が不思議だったらしい。………勿論のこと、

 『…誰がつい先日まで鼻垂れ坊主だったって〜〜〜っ?!』
 『痛たたたたっ! 言ってねぇってよっ。』

 容赦なく蹴られたこともご報告。
(苦笑) それはともかく、

 「きゃ〜の〜〜vv」

 小さなヒナが“ぱたたぱたた”とこけつまろびつ、行ったり来たりをしているのを眺めていた仔ギツネのくうちゃんだったが、
「…っ。」
 ふと。ハッとしたようにお尻尾を止めると、その手を伸ばしてのあっと言う間、
「…え?」
「ありゃ。」
 眺めていただけのヒナを、突然のこと、その手へ掴み取ってしまったから。
「捕まえるっていう本能に目覚めたんでしょか。」
「あんないきなり来るもんなのか?」
 いや、ボクに訊かれましても。なんだよ、お前の方が年は近いだろうが。ボク、ヒナを捕まえるって本能は持ち合わせてないんで判りません。そだねぇ、そういう本能はむしろお館様が持ってそうな…。
(笑)
「〜〜〜。」
 小さなヒナだったが、そちらさんの手も小さいから持て余すのか、両手で上下から覆うようにして捕まえたはよかったが、中で暴れるのか困ったというお顔は隠し切れない模様。それに、
「やっぱり…おかしいですよ。」
 狩りの本能とやらが目覚めたのならば、ああやって捕まえるのではなくて、地に叩きつけての爪で押さえたり、弱らせて捕まえるという、食べること前提の狩りをするはずで。
「そうさな。あれはむしろ…。」
 ただでさえまだちょっとバランスが危うい頭身。しかも両手が塞がっていて、危なっかしいことこの上ないのに、それでも肘やお膝を使って、何とか“よいちょ”と立ち上がると、
「…せ〜な〜〜〜。」
 こっちを向いての覚束ないお声。
「どうしたの?」
 とてちて、歩いて来かかったの、迎えてやろうとし。机の前から立ち上がり、濡れ縁へまで進み出たセナの…すぐ傍ら、ざっと飛び出したは金色の疾風で、

 「…え?」

 キョトンと見送ったは、重々見覚えのある細い背中。今日は朝から暑いとばかりのやや自堕落にも、藤色の単
ひとえを片肌脱いでの羽織っておいでだった、見紛うことなきお館様のお背せなだったりし、

 「来いっ!」

 裸足のまんまで庭へと飛び降りると、片膝ついての姿勢を低め。両腕広げて くうを待ち受ける。そんなくうちゃんはといえば、
「おやかま様〜〜〜。」
 何が怖いか、大きな瞳をうにうにと潤みでたわませており、捕まえたヒナは離せないのか腕も伸ばせずのまま、それでも躍起になって駆けて駆けて。ぽふりとその懐ろへ飛び込んだのとほぼ同時、

  ――― ひゅん、と。

 何かが空から降って来たから、
「えっ!」
 セナもこれにはビックリして双眸を見張る。黒っぽい影にしか見えなんだそれは、

 「…っ!」

 待ち構えていた蛭魔が真下から鋭く睨み上げた視線に射竦められたか。ばさささっと濃い羽ばたきの音を立てると、それはそれで器用にも、中空にて躊躇したか、立ち止まるかのような急停止をして見せた。

 「…トンビ。」

 鴨川の鳶は、観光客の手からハンバーガーを掠め取るのが上手いそうで。そもそも、草むらの中に潜むネズミやヒナを、高い高い空の上から見つけ、滑空して来て攫ってくのだから、そのくらいは出来て当然なのかもしれなくて。

 「あ、そっか。」

 くうちゃんがいきなりヒナを捕まえたのは、そんな鳶が滑空して来る気配を察知したからではなかろうか。小さなヒナへと狙い定めたその殺気、こっちだって相当に離れていたっていうのに、素早く気づいての退避活動を取っていた。鳶が雛を食べるのは、自然界の法則、食物連鎖とかいう仕組みの話だから仕方ないけれど、でもだけど。可愛らしい姿を見せてくれてたお友達。目の前から攫わせる訳には行かない…と思ったか。

 「めぇなの〜〜〜。」

 泣き出しそうなお声になってた くうちゃんの気持ちに免じてのこと。それと、ふやふやな彼の頬っぺにでも傷がついたらどうしてくれると。そんな想いから飛び出しての、それからそれから。

  ……… ぎんっ、と。

 どこの邪妖の襲来でしょうかと、それほどの気合を込めた一瞥向けたお館様には、さしも腹ぺこトンビもかなわなかったらしくって。

  ――― ばさささ…っ

 しいて喩えを探すなら、潜ってみた水中に思わぬサメでもいたかのような慌てよう、水中から慌てて海面へ泳ぎ戻るような もがきっぷりにて。明後日の方の上空へと、そのまま飛んでいってしまったから。

 “明日からはここの上空っていう縄張りが空くんだろな。”

 あ〜れは当分、戻って来れないぞと、セナくんでも読み取れたほど。そして、
「くう、もういいから離してやれ。」
「うう…。」
 懐ろに抱えるようにして抱っこしていた小さなヒナ鳥、蛭魔から促され、そぉっと離しての手を開ければ、

  ――― ぴぃぴぃ

 ああ良かったねぇ、元気なままだ。おっとと、自分で降りちゃったねぇ。ぱたたぱたたと草むらの方へ駆けてゆく、小さな毛玉を見送って。あれだけ元気なら大丈夫だねと、皆して苦笑混じりのお顔を見合わせる。たとえ、自分もまた鷄のお肉を食べる身だって、それとこれとは微妙に別なことだと、おいおい判ればいいことだからね。今日のところはとりあえず、

  「お館様はお強いねぇ。」
  「うっ、おやかま様、つおいっ!」
  「Σこらこら、そこかい、学んだのは。」

 くすす、きゃははと明るく笑った3人で。小さい出来事、けれど くうちゃんには一大事だったこと。今さっきの顛末を、興奮しいしい葉柱さんへと話すことになるのは、もうちょっと陽がお空を上り詰めてから………。








  〜Fine〜  07.5.22.


  *こういう行為って“偽善”なんでしょうかねぇ。
   名前をつけてしまうと愛着がわいて、擬人化してしまう。
   ペットというのもそういうことだというのは良くある論ではありますが、
   まま、そういうお堅いことは、今話ではナシの方向で…。
(苦笑)

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